2016年09月12日
ベルディンは鼻をならした
早瀬を越えて二日目に、ヘターが戻ってきた。かれは北側の土手に駆けあがり、馬の速度を落とした。手を振って合図するのに応え、バラクは舵柄を傾け、船は川岸に接近した。
「都市はここから二リーグ先です」背の高いアルガー人は呼びかけた。「あまり近づくと都市の城壁から船が見えるようになりますよ」
「では、もう十分だな」ローダーは決定した。「暗くなるまでここで待つと、後ろの船隊に伝えてくれ」
バラクはうなずき、傍らに待機していた水夫に身ぶりで示した。水夫は先端に赤い旗印をとめたさおを掲げ、合図を送った。後続の艦船はそれに応えて速度をおとした。揚錨機をきしませながら錨がおろされ、船は流れにただよい、ゆらゆらと揺られた。
「どうも気に入らんな」不機嫌そうにアンヘグが言った。「闇の中で行動するのは問題がありすぎる」
「だがそれはやつらにとっても同じことだ」ブランドが言った。
「この件については十数回討議したではないか」とローダー。「最善の計画であるということで全員一致したはずだぞ」
「だがこれまで、こんな作戦はとったことがない」
「そこが鍵なんです」ヴァラナが示唆した。「都市の連中だって夢にも思っていないでしょう」
「本当におまえたちはこの闇の中でも大丈夫だというんだな」アンヘグはレルグにだめ押しするように言った。
狂信者がうなずいた。木の葉の鎖かたびらを頭からすっぽりかぶっているレルグは、ナイフの刃先を注意深く調べていた。「われわれにとって闇は普通の明るさなんです」

アンヘグは顔をしかめて紫色に暮れていく空を見つめた。「わたしは、初めてというやつが大嫌いなんだ」
平原がすっかり暮れるまで、かれらは待った。川辺の茂みでは小鳥が眠たげに鳴き、カエルたちが夜の交響楽を奏で始めた。しだいにたれこめる闇の中で、騎兵部隊が土手に沿って集まり始めた。たくましい軍馬にまたがったミンブレイトの騎士たちが幾重にも列をつくり、その後ろにアルガーの諸氏族が闇の海のように続いていた。南側の土手に集合している隊の指揮者はチョ?ハグとコロダリンで、北側の隊の指揮者はヘターとマンドラレンだった。
マーゴ軍との戦いで負傷した若いミンブレイトの騎士が、馬を囲っている柵にもたれ、日暮れていく景色をものおもいにふけりながら眺めていた。黒い巻き毛の若者は娘のような色白の肌をしていたが、がっしりした首と広い肩をもつ頑丈そうな体躯で、その瞳には何の曇りもなかった。しかし少し、憂うつそうな表情をしていた。
待つことがしだいに耐えられなくなったセ?ネドラは、だれかと話がしたくてたまらなかった。彼女は柵にもたれている若者のかたわらに寄った。「どうしてそんな淋しそうな顔をしているの」彼女は静かにたずねた。
「ちょっと怪我をしたからということで今夜の作戦からはずされたのです」かれは副木があてられている腕にふれながら言った。王女がやってきて話しかけていることに、格別驚いてはいないようだった。
「憎いアンガラク人を殺す機会がなくなったことがそんなにつらいの」セ?ネドラは軽くからかうような口調でたずねた。
「いいえ、レディ」かれはこたえた。「わたしは人種に関係なく、どんな人間も憎んでおりません。ただ能力を競う機会がなくなったことが悲しいのです」
「競う? そう思っているの」
「はい、女王さま。そういう見方をなさったことはないのですか。個人的にはアンガラク人には何の恨みもありませんし、腕くらべをするのに相手を憎むのはおかしいでしょう。わたしもこれまで参加者のうち何人かを槍や刀で倒してきましたが、かれらを嫌ってはいませんでした。それどころか好敵手として好意を抱いていたくらいです」
「でも、かれらを不具にしようという気はあったんでしょう」セ?ネドラは若者の考え方に驚いていた。
「競技ではよくあることです、女王さま。本当に自分の腕を知るためには、相手が傷つくことや死を気にかけるわけにはゆきません」
「あなたの名前は」と、彼女は訊ねた。
「ベリデルと申します」かれは答えた。「ボー?エンデリグ男爵のアンドリグ卿の息子です」
「りんごの木の男爵ね」
「そのとおりです、女王さま」若者は彼女が、父の名前と、ベルガラスがかれの父親に課した奇妙な仕事のことを知っているのを聞いて喜んでいるようだった。「父はコロダリン王の側近として従軍するでしょう。この怪我さえなければ、父とともに今夜の戦いに参加できたのですが」かれは淋しそうに折れた腕を見た。
「別の夜があるわ、ベリデル」王女は請け合った。「別の競技がね」
「そうですね、女王さま」かれは同意した。若者は一瞬顔を輝かせたが、また憂うつな表清に戻ってしまった。
セ?ネドラは、若者をそのままにして離れた。
「本当は連中に話しかけてはいかんのだぞ」薄闇の中から耳ざわりな声がした。みにくい男のベルディンだった。
「かれは何も恐れていないようだわ」セ?ネドラは少しいらだたしそうに言った。この口ぎたない魔術師はいつも彼女をいらだたせるのだった。
「あいつはアレンディアのミンブレイトだからな」。「恐がるだけの脳みそもないさ」
「兵士たちはみんなかれのようなの」
「いいや、大部分は恐れておる。だが、ともかく攻撃あるのみだ――その理由はともあれ」
「では、あなたは」彼女はどうしても訊いてみたくなった。「あなたも恐ろしいの」
「おれの恐怖は一風変わってるんだ」
「どんなふうに」
「ベルガラス、ポル、双子、そしておれは、長く生きてきたからな、自分の命のことを気にかけるよりも、もっと他の何かが悪くなることが気にかかる」
「何かが悪くなるってどういうこと?」
「〈予言〉は非常に難解なんだ。それにすべてが書かれてるわけじゃない。おれが知るかぎり二つの可能性があり、ほんのちょっとのさじ加減で、まだどっちにころぶかわからんときている。もしや何か見逃しておるものがあるかもしれん。そう思うと恐ろしいんだ」
「わたしたちは最善をつくすだけだわ」
「それで十分かな」
「では、どうすればいいの」
「都市はここから二リーグ先です」背の高いアルガー人は呼びかけた。「あまり近づくと都市の城壁から船が見えるようになりますよ」
「では、もう十分だな」ローダーは決定した。「暗くなるまでここで待つと、後ろの船隊に伝えてくれ」
バラクはうなずき、傍らに待機していた水夫に身ぶりで示した。水夫は先端に赤い旗印をとめたさおを掲げ、合図を送った。後続の艦船はそれに応えて速度をおとした。揚錨機をきしませながら錨がおろされ、船は流れにただよい、ゆらゆらと揺られた。
「どうも気に入らんな」不機嫌そうにアンヘグが言った。「闇の中で行動するのは問題がありすぎる」
「だがそれはやつらにとっても同じことだ」ブランドが言った。
「この件については十数回討議したではないか」とローダー。「最善の計画であるということで全員一致したはずだぞ」
「だがこれまで、こんな作戦はとったことがない」
「そこが鍵なんです」ヴァラナが示唆した。「都市の連中だって夢にも思っていないでしょう」
「本当におまえたちはこの闇の中でも大丈夫だというんだな」アンヘグはレルグにだめ押しするように言った。
狂信者がうなずいた。木の葉の鎖かたびらを頭からすっぽりかぶっているレルグは、ナイフの刃先を注意深く調べていた。「われわれにとって闇は普通の明るさなんです」

アンヘグは顔をしかめて紫色に暮れていく空を見つめた。「わたしは、初めてというやつが大嫌いなんだ」
平原がすっかり暮れるまで、かれらは待った。川辺の茂みでは小鳥が眠たげに鳴き、カエルたちが夜の交響楽を奏で始めた。しだいにたれこめる闇の中で、騎兵部隊が土手に沿って集まり始めた。たくましい軍馬にまたがったミンブレイトの騎士たちが幾重にも列をつくり、その後ろにアルガーの諸氏族が闇の海のように続いていた。南側の土手に集合している隊の指揮者はチョ?ハグとコロダリンで、北側の隊の指揮者はヘターとマンドラレンだった。
マーゴ軍との戦いで負傷した若いミンブレイトの騎士が、馬を囲っている柵にもたれ、日暮れていく景色をものおもいにふけりながら眺めていた。黒い巻き毛の若者は娘のような色白の肌をしていたが、がっしりした首と広い肩をもつ頑丈そうな体躯で、その瞳には何の曇りもなかった。しかし少し、憂うつそうな表情をしていた。
待つことがしだいに耐えられなくなったセ?ネドラは、だれかと話がしたくてたまらなかった。彼女は柵にもたれている若者のかたわらに寄った。「どうしてそんな淋しそうな顔をしているの」彼女は静かにたずねた。
「ちょっと怪我をしたからということで今夜の作戦からはずされたのです」かれは副木があてられている腕にふれながら言った。王女がやってきて話しかけていることに、格別驚いてはいないようだった。
「憎いアンガラク人を殺す機会がなくなったことがそんなにつらいの」セ?ネドラは軽くからかうような口調でたずねた。
「いいえ、レディ」かれはこたえた。「わたしは人種に関係なく、どんな人間も憎んでおりません。ただ能力を競う機会がなくなったことが悲しいのです」
「競う? そう思っているの」
「はい、女王さま。そういう見方をなさったことはないのですか。個人的にはアンガラク人には何の恨みもありませんし、腕くらべをするのに相手を憎むのはおかしいでしょう。わたしもこれまで参加者のうち何人かを槍や刀で倒してきましたが、かれらを嫌ってはいませんでした。それどころか好敵手として好意を抱いていたくらいです」
「でも、かれらを不具にしようという気はあったんでしょう」セ?ネドラは若者の考え方に驚いていた。
「競技ではよくあることです、女王さま。本当に自分の腕を知るためには、相手が傷つくことや死を気にかけるわけにはゆきません」
「あなたの名前は」と、彼女は訊ねた。
「ベリデルと申します」かれは答えた。「ボー?エンデリグ男爵のアンドリグ卿の息子です」
「りんごの木の男爵ね」
「そのとおりです、女王さま」若者は彼女が、父の名前と、ベルガラスがかれの父親に課した奇妙な仕事のことを知っているのを聞いて喜んでいるようだった。「父はコロダリン王の側近として従軍するでしょう。この怪我さえなければ、父とともに今夜の戦いに参加できたのですが」かれは淋しそうに折れた腕を見た。
「別の夜があるわ、ベリデル」王女は請け合った。「別の競技がね」
「そうですね、女王さま」かれは同意した。若者は一瞬顔を輝かせたが、また憂うつな表清に戻ってしまった。
セ?ネドラは、若者をそのままにして離れた。
「本当は連中に話しかけてはいかんのだぞ」薄闇の中から耳ざわりな声がした。みにくい男のベルディンだった。
「かれは何も恐れていないようだわ」セ?ネドラは少しいらだたしそうに言った。この口ぎたない魔術師はいつも彼女をいらだたせるのだった。
「あいつはアレンディアのミンブレイトだからな」。「恐がるだけの脳みそもないさ」
「兵士たちはみんなかれのようなの」
「いいや、大部分は恐れておる。だが、ともかく攻撃あるのみだ――その理由はともあれ」
「では、あなたは」彼女はどうしても訊いてみたくなった。「あなたも恐ろしいの」
「おれの恐怖は一風変わってるんだ」
「どんなふうに」
「ベルガラス、ポル、双子、そしておれは、長く生きてきたからな、自分の命のことを気にかけるよりも、もっと他の何かが悪くなることが気にかかる」
「何かが悪くなるってどういうこと?」
「〈予言〉は非常に難解なんだ。それにすべてが書かれてるわけじゃない。おれが知るかぎり二つの可能性があり、ほんのちょっとのさじ加減で、まだどっちにころぶかわからんときている。もしや何か見逃しておるものがあるかもしれん。そう思うと恐ろしいんだ」
「わたしたちは最善をつくすだけだわ」
「それで十分かな」
「では、どうすればいいの」
Posted by 銀の縁で飾ら at
19:11
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